存在が、「存在する(または消滅する)」ということは、
いったい如何なることであるのだろうか。

存在が「存在している」ということは、
あらゆる国家や民族、宗教などを超えて共通の事象であるが、
しかしその様態は多様である。

ましてこの世界に存在しているものは人類がそのすべてではなく、
あらゆる生命・有機物・無機物、はては世界そのものですら、
私たち同様に「存在している」という現象の渦中にある。

そしてすべてはいつか消滅するということが、
「存在する」ということの前提にある。


Ryohei Obata is an oil painter and installation artist based in the city of Osaka. He creates oil paintings on wooden panel that often act as elements in larger site specific installations. Each painting is produced following a personal process developed and refined over the years. The paintings are rich in texture and have a depth of color in dark green hues. They are built up by laying down various precisely mixed transparent and opaque painting media in successive layers over time. During the process the interaction of each layer of painting materials is also influenced by deliberately uncontrolled variables such as ambient temperature, humidity and in particular the force of gravity. In this way, each new painting becomes a collaboration between man and nature at every step of its creation. The final image at times resembles geographical and geological textures, Japanese ceramic glazes (raku) or organic tissue as seen under a microscope. The new paintings often serve as primary structures that are then assembled together into larger installations that explore themes of man's relationship with his surroundings.



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行為の気配(緊急事態宣中の歌舞伎町)
2021
サイズ可変
シリコーン樹脂

360° gallery





日々、あらゆる人々(や人以外のものたち)による様々な行為や行動が
世界中で同時に、膨大に、私たちの把握を遥かに超えて起こっている。
しかし、それらの行為や行動のほとんどは日常の些細な営みであり
ひとつひとつの行為の詳細はどこにも明確に記録されることはなく
いつのまにか、それが実際に行われたことであったのかすら曖昧になっていく。

いつかの誰かの、どこかの何かの
誰に顧みられることもない、ただただ何気ない日々の営みは
遥か太古から連綿とつづいていて
顧みられないものは顧みられないままに忘却されて
あまりに膨大な、曖昧で不確かな行為の集積の上に
私たちは今生きている。

日々何気なく使われている生活用品や、踏みつぶされた路傍のごみや
訳あってか不法投棄された廃棄物や、はるばる海を渡ってきた漂着物や
様々なもののそのすべてのそれぞれに
現在の状態に至るまでの誰かの行為の積み重なりがあり
その内側に、いつか誰かが何かを行った痕跡を残している。
それらのものの内側の形状を露わにすることで
誰からも顧みられることのなかった、
見知らぬ誰かのいつかの行為の気配を探り出そうと試みる。






行為の気配(花見シーズンの大阪城公園)
2021
サイズ可変
シリコーン樹脂









行為の気配(緊急事態宣中のアメ村)
2021
サイズ可変
シリコーン樹脂
















行為の気配(渋谷スクランブル交差点)
2022
900×600(mm)
銀塩プリント








現在、私たちは刻一刻と変化する社会状況の中で日々を生きています。
しかし「パンデミック」や「コロナ禍」といった一括りに表現された言葉からは、私たち一人ひとりが実際にどのような日々の暮らしを営んでいるのかはなかなか見えてきません。
どのような状況下においても私たちは毎日を生活しているし、そのために日々いろいろな行為や行動を行っています。
そしてそれらの行為の大半はとても些細な動作です。

リサーチ活動によって採集した物品から、他者の行為によってできた形状を写し取り、立体作品として再現します。他者の行為の痕跡が残された物品からその形状だけを抽出することで、それらの行為に宿る気配を探り出そうと試みています。また、写し取られた形状を元の場所に戻し、再び世界の中に含まれたいつかの誰かの行為の気配を記録します。






行為の気配(愛の義捐金箱)
2022
600×900(mm)
銀塩プリント









行為の気配(上野恩賜公園)
2022
900×600(mm)
銀塩プリント









行為の気配(ポストのある道路)
2021
600×900(mm)
銀塩プリント









行為の気配(マーメイド広場)
2021
900×600(mm)
銀塩プリント









行為の気配(バーベキュー場跡)
2021
900×600(mm)
銀塩プリント









行為の気配(三角公園)
2021
900×600(mm)
銀塩プリント









行為の気配(山道)
2021
900×600(mm)
銀塩プリント
















行為の気配(明け方のコンビニエンスストア前)
2020
102×95×H59(mm)
シリコーン樹脂







行為の気配(明け方のコンビニエンスストア前)
2020
132×80×H65(mm)
シリコーン樹脂







行為の気配(明け方のコンビニエンスストア前)
2020
112×114×H36(mm)
シリコーン樹脂







行為の気配(山中の不法投棄)
2020
90×83×H15(mm)
シリコーン樹脂







行為の気配(山中の不法投棄)
2020
157×135×H25(mm)
シリコーン樹脂







かつてとやがてにあらざるを
2020
サイズ可変
ジェルメディウムに油彩、瓶








いまここにあるものは、いまここに見えているものですべてか。
人の目に見えているそのままに、はたして世界はあるだろうか。

いまここにあるものが本当にあるのだか、
もうここにないものが本当にないのだか、
確かであったはずだのに、ほのかに疑わしいのはどうしてだろう。

ほんのひととき世界に生じ、そしてしばらくのちにやがて滅する。
そのようなものの集合で、世界の全体はできている。
どれほどに大きなものも微細なものの集積で構成されていて、
どれほどに永くあるものも一瞬一瞬を積み重ねていて、
その時々の、ほんの些細なものについてつぶさに眺め、
ものの隙間や、営みの集積や、見つかりにくいものたちの
ほのかな気配を探ろうと試みる。

世界は私たちにわかりやすく用意されているわけではない。
私たちが「知っている世界」の微細な隙間のそちこちに、
私たちの見知らぬ世界が潜んでいる。
いまここにあるものは、かつてとやがての気配をたずさえていて
私たちの知っているものは、私たちの知らないものでも同時にあるのだ。






かつてとやがてにあらざるを
2020
サイズ可変
ジェルメディウムに油彩、木箱







かつてとやがてにあらざるを
2020
サイズ可変
ジェルメディウムに油彩、巣箱







かつてとやがてにあらざるを
2020
サイズ可変
ジェルメディウムに油彩、蝉の抜け殻







Circles
2020
910×910(mm)
油彩、キャンバス
Oil Painting on canvas








ダビガスの螺旋
Spiral of shells
2019
590×650×H630(mm)
シジミの貝殻、シーグラス、その他
Japanese basket clams, Sea glasses, others







《ダビガス》とは、ある地域の古い言葉で「小さい貝のカス」という意味である。
私たちは遥か太古から「食べる」ことによって命を繋いできた。
ヒトという種の肉体に宿る記憶には、狩猟採集生活を営んでいた頃からまだそれほど多くの変化は生じていない。
私たち現代人もまた、太古から連綿と続く「生命の繋がりとしての人間存在」の連なりの一部である。
すでにこの世界を去った人たちは、如何にしてこの世界と向き合って、そして滅していったのか。
今、私たちが当たり前としていることの多くは、長い人類史、さらにはもっと長大な地球史、宇宙史の中のほんのわずかな瞬間における「当然」に過ぎない。






ダビガスの螺旋
Spiral of shells
2019
370×370×H700(mm)
シジミの貝殻、その他
Japanese basket clams, others








果ててのち、生きるもの
2018
803×1303(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








たらしめるもの
2018
233×233×600(mm),279×279×450(mm),536×536×300(mm),Size variable
油彩、キャンバス、ステンレス
Oil Painting on Canvas, Stainless








いかなる共棲みであるのかは
Symbiosis
2018
230×150×H130(mm)
木、油彩
Wood, Oil paint








いかなる共棲みであるのかは
Symbiosis
2018
330×310×H115(mm)
木、油彩
Wood, Oil paint








いかなる共棲みであるのかは
Symbiosis
2018
500×280×H125(mm)
木、油彩
Wood, Oil paint








たらしめるもの
2018
333×333(mm)
油彩、キャンバス
Oil Painting on Canvas








たらしめるもの
2018
530×530(mm)
油彩、キャンバス
Oil Painting on Canvas








たらしめるもの
2018
273×273(mm)
油彩、キャンバス
Oil Painting on Canvas








円層
Circles
2017
1167×1167(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








円層
Circles
2017
1167×1167(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








円層
Circles
2017
727×727(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








いかなる共棲みであるのかは
Symbiosis
2017
400×365×H300(mm)
北山杉(台杉)、油彩、ミクストメディア
Kitayama cedar, Oil paint, Mixed media








いかなる共棲みであるのかは
Symbiosis
2016
930×830×H80(mm)×3pieces, Size variable
椹、油彩、ミクストメディア
Sawara cypress, Oil paint, Mixed media








私たちの生きる世界は、ひとりきりでは構成されない。
生きとし生けるすべてが含有される世界に《私》という個は内包されている。
《私》というそれぞれの集合が、世界のそこかしこに点在し、そのすべての総体を私たちは世界と呼ぶのだ。
共生は、願望や義務などといった類いの後天的に生じるものではなく、世界の発生とともに世界に付帯している世界の条件であ り、《私たち=私という個の集合体》にとっての、存在の前提であろう。

私たちは共生している。
望む望まざるにかかわらず、生まれ出でたその刹那から、すでに共生している状態にある。
しかしながら共生は、往々にして私たちの意図を汲む。
いかなる共棲みであるのかは、いかなる意思で共存を目論むかによって、いかほどにでも様相を変えるのだ。






果ててのち、生きるもの
2016
455×652(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








たらしめるもの
2016
1167×3501(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








《私》を《私》たらしめている《私そのもの》は、平素は《私=私の肉体》という境界の内部に充満しているような類いのものであるのか。 ひとつの存在はひとつずつの境界を形成し、ひとつひとつの《個=私》としてこの世界の内で在ることができている。 存在が境界を必要としなくなったなら、いったいいかなる様相でこの世界と対峙することになるのであろうか。





いかなる共棲みであるのかは
Symbiosis
2015
510×550×H820(mm)
榁、桜、油彩、ミクストメディア
Juniper, Cherry tree, Oil paint, Mixed media








果ててのち、生きるもの
2012
803×530(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








たらしめるもの
2011
1454×2908(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








たらしめるもの
2011
727×2181(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








四畳半
2010
2685×2685(mm)
油彩、木パネル、畳
Oil Painting on Wood Panel,Tatami








もう幾ばくかは、生きたけど
2009
1167×1167(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel








些細なことについて
2009
530×727(mm)
油彩、木パネル
Oil Painting on Wood Panel







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